第一話 ヤングマンブルーズ

metaku2004-03-03

26歳の誕生日を迎えて一人暮らしを始めた。最初のうちは、「ババァ!ババァ、メシもってこいよ!」と叫んでも、結局自分で猫の額ほどの台所へ行って食事を用意せねばならないのが苦痛であったが、それも二度目の日曜日を迎えた頃には、すっかりと気にならなくなった。その日も僕は、不器用な手つきで包丁を扱いつつ、自己満足気味なミートソースのスパゲティつくり、そのおよそ1/4の時間で平らげて、食欲を満たした。
次に僕は、大好きなパンクミュージックをレコードプレイヤーに乗せて、プリアンプのヴォリュームを90度近く捻った。僕はスピーカーに向って涅槃の姿勢で音楽を耳を傾けていた。すると、どんどんクライマックスに近づくにつれ、自分の陰茎がエレクチオンするのがわかった。息は荒くなり、腰が落ち着かない。スピーカーの裏では78年頃の救いようのないイングランド人が演奏を続けていた。そしてとうとう音楽が、ギターのストロークによって最後の一音を鳴らし終えたその瞬間、僕はアントニー・バージェスの小説のように音楽と共にオルガズムを向かえて果て、さらには26年間で一番長い射精の飛距離を更新した。
そして翌日、不動産屋さんから、隣のOLが眠れなくて困っていると小言の電話を受けた。あのOLめ。僕を辱めたOLめ。絶対許さない。その晩、蜂蜜と納豆を6:4の割合で絡めた粘液に、イナゴの佃煮と中学の時に使っていた絵の具(ビリジアン)を混ぜたものを、OLのドアの郵便受けの中に垂れ流した。暗い玄関先でゆっくりと落下する粘状の液体。早く帰ってこないかナー。そんなことを考えて気を揉んでいたら、どこかでそのOLに対して恋心が芽生えていくのを感じずにはいれなかった。

引っ越してからというもの、mose allisonやVince Guaraldi辺りのビ・バップなピアニストの作品ばかりを好んで聴く。つーか、越してすぐにロックを聴いていたら、隣の美人OLから苦情が来たからというのが実際のところ。できればeggstoneの名盤『sommersult』をでかい音量でかけていたいものだけれども、そこはhang on to your egoならぬecoってことで環境保全に気を使うのだ。良い事あるかもしれないしな(この煮物作りすぎちゃって、もしよかったら・・・等)。
それにしてもmose allisonというか、この手の音楽といえば、20代前半の頃に聴いていたイメージがあって、今一人で聴くと結構照れる。いい大人が、満員電車でSPAを読む姿を傍から見た一抹の虚しさによく似ている。もしくは、TVを見ながら一人で相槌を打っていた事に気が付いたOLの長い夜のようだ。 なんにしてもジャズなんて「女と酒(とスピード)は芸の肥やしやで」的関西芸人と同等のメンタリティを持っているのだから、お洒落だと思うのは人面犬くらい幻想。その生き様が滲み出した技に「カッコE〜」と無垢に痺れていたい。彼らは左手のリズムキープに命を賭けているし、そこに24金の柔らかさをを加えたmose allisonのプレイはチャールズ・チャップリンのようだ。次回のクレアハミルでかけようと思った。